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諦めたように笑う

「ほんと、オレって駄目な奴なんだよ」
そう言って景時は、地面に視線を落とし自嘲気味の笑いを零した。望美はそんな景時に驚いて顔を上げ、その腕に手を添える。
「か、景時さん…そんなこと言わないでください。何があったんですか」
戦も終わり、京も徐々に落ち着きを取り戻し、景時もかつてのような影のある表情を見せることもなくなり、幸せな日々が続いていた。……と望美は思っていた。なのに、突然、この言葉だ。しかも、今日は出仕していたはずなのに、昼というのに邸に戻ってきて、庭で洗濯ものを取り込んでいた望美の元に来てのことだ。いったい何があったのかと慌てても仕方がないだろう。
景時は、望美の懸命な問いに、少し顔を上げ、望美を見つめて薄く微笑んだ。
「……ごめんね、望美ちゃん…オレ……」
「やめてください、景時さんに謝って欲しいことなんて、なにもありません。
 何があったんですか、私に出来ることがあったら何でも言ってください」
いつもの優しい笑顔なのに、どこか何かを諦めたような表情に望美の胸が痛んだ。景時はそんな望美の言葉に微笑むとそっと望美の髪を撫でる。そしてそのまま、一掬いの髪を指に絡ませてそっと口付けた。
「ありがとう、望美ちゃん…。でもね、オレ、本当に……君にこれ以上迷惑はかけられないって、そう思って……
 君に苦労はさせないと心に決めて、君にここに残ってもらったのに…」
「もう! 景時さん…! 迷惑をかけられない、なんて。私たち、夫婦になったのでしょう?
 夫婦っていうのは、苦労も二人で分け合って助け合って支えあう、そういうものじゃないんですか。
 私、景時さんに護ってもらうためだけに残ったわけじゃありません!」

望美はこのままでは埒があかないとばかりに、景時に勢い良くそう言いながら、残った洗濯ものをまとめて下ろすと邸の中へと取り込むと同時に景時も邸の中へと引っ張り込んだ。
「さ、話してください、景時さん」
大きな景時の手をきゅっと握ると、いつものとおり少しひんやりした指先がそっと握り返してきた。景時はしばらくそれでも逡巡した様子を見せていたが、やがてぽつりぽつりと話し出す。
「……鎌倉からね、今日、書状が届いたんだよ」
「……鎌倉から?!」
望美はそれだけで声の調子が一段階低くなった。景時自身がそれで良いと言っているから望美も気にしていない振りをしているが、鎌倉の頼朝と政子が景時はもちろん、望美たちに何をしてきたかを考えればけしてそれが良いものとは考えられない。荼吉尼天を倒し、景時が逆鱗を手に駆け引きを成功させてからおとなしくしていたのが、また調子に乗り出したのかと望美はぐっと口を真一文字に引き結ぶ。また今度無理難題を景時に押し付けてきたというのなら、鎌倉に殴りこみに行こうと言わんばかりの心持だ。
「……それでね、九郎は自分では無理だって言うんだ」
「…九郎さんにも無理なこと?」
「うん……それに、弁慶もそれは同意で。オレなら大丈夫なんじゃないか、って。
 オレはね、無理だって言ったんだよ〜弁慶だって九郎だって知ってるはずなんだけどさ……
 でも、二人して、そんなはずない、なんて言うんだよ〜」
「……?? 九郎さんと弁慶さんが、景時さんなら大丈夫だって言ったんですか?」
九郎や弁慶なら本当に無茶なことを鎌倉が言ってきたときに、景時に押し付けようとするはずはない。あの二人が景時が適任だと言うのであれば、本当に景時なら出来ることなのではないだろうか。
「……景時さん、二人がそう言うなら、景時さんになら出来ることなんじゃないですか?
 景時さんは、ちゃんとできる人なんですから、私もお手伝いしますから…」
「……ごめん……ほんっと、望美ちゃん、ごめん…オレって本当に駄目なヤツでさ……
 オレのせいで、望美ちゃん…」
「……ええと……だから何が………って、もしかして……私??!!」
望美の声がひっくり返り、景時の大きな身体がしゅん、と一回り小さくなったような気がした。
「ち、ちょっと待ってください。鎌倉からの書状って何が書いてあったんですか!」
望美が前のめりになった分、景時がのけぞる。それをなんとか引き戻して望美が真剣に問うと景時はそれでも、いや〜とか、う〜んとか言っていたものの、少しづつ語りだした。
「……鎌倉からね、政子さまが京に来るって話でね。それはやっと落ち着いたという京の有様を視察するというのと
 頼朝様の名代として朝廷にもちょっと釘を刺しにこられるっていうんでね、それは良いんだけどさ…」
良くない、と望美は内心むっと膨れて思った。
「でもね、それはその……表向き、らしいんだよ。
 政子さまってば、どうも望美ちゃんに興味持ったらしくてさ…」
「はあ?!」
「あっ、いやっ! 龍神の神子だからとか、そういうのなしでね?!」
わかったものかと望美はまたなおさら内心の膨れっ面を酷くする。
「だからね…オレが悪かったんだよ〜」
「意味がわかりません!」
「……オレがさあ、望美ちゃんと夫婦になれたことが嬉しくてさ、それで、毎日の夕餉や朝餉に
 望美ちゃんが頑張っていろいろおかずを作ってくれて、時々、譲くんみたいに珍しいものも作ってくれるようになったでしょ?」
譲は元の世界へ帰る際に、望美の料理の腕の上達を期待してさまざまな料理の作り方を書き残しておいてくれたのだ。その中から時折、望美の世界の料理を膳に加えたりしている。
「オレさあ、ちょっと自慢しすぎたんだよね……
 政子さま、どうやらそれが目当てらしくて……覚えて帰って頼朝様にもお出ししたいって……」
「えええええーーーー!!」
いったいどこでどれだけ自慢したというのか。そういえば、一月ほど前に鎌倉に呼ばれていたっけ。というか、九郎も弁慶も知らぬふりということは……
「……九郎と弁慶も、オレがいつも望美ちゃんの料理を褒めるものだからさあ……
 いい機会じゃないか、なんて言って……っていうか、まあ確かにそもそも断れる話じゃないんだけど…」
呆気にとられた望美が固まってしまっていると、景時ががばっと望美の肩を掴んで言った。
「望美ちゃんっ、ホントにごめんっ! オレ、オレ……一緒に逃げてもいいよっ!
 京とか鎌倉とか関係ない土地で二人で静かに暮らそうかっ?!」
「……景時さん?」
「……えーと、うん、逃げちゃだめだよね…」
「……景時さん」
「ごめん、望美ちゃん、ほんっとーにごめん!! 許して、お願い!」
土下座しそうな勢いで景時がそう言うのに、望美は深い溜息をついた。景時には、何かを最初から諦めるようなことがあって欲しくない。寂しい笑顔なんて二度と見たくない。自分はそのためにならなんだってしようと思う。
……しかしながら、景時はもしかして、望美を動かすコツを意外に知り尽くしているのかもしれない。案外に策士なのかもしれない。そんな考えが頭を過ぎる望美なのだった。

その後、京を訪れた政子は十日間ほど京邸に滞在し、珍しい料理を堪能して鎌倉へ帰ったということである。





笑い顔のお題
(お題配布元:COUNT TEN.)より

◆悪魔の微笑み ◆諦めたように笑う
◆作り笑いの上手なあなた ◆子どものように笑って ◆鮮やかな花のような笑顔


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