あなたのすべてをください。  友雅×あかね編
自分の心が強く動かされることがあるのだろうか、ということは物心ついたころからの疑問だった。
どうやら自分は他人と違うらしいと感じるようになったのは、いつ頃のことだっただろう。
人が涙する物語も、私の心を打つことはなかった。
美しい花も、人の心も、移り行く世も、すべては泡沫の夢のようなもの。ひととき愛でることがあっても、手にいれることなど虚しいにすぎない。やがて移ろうものなら、人の心を手に入れることに何の意味があるだろう? やがて枯れる花ならば、手折る意味があるだろうか。
何故、自分だけがそんな風に思うのかということを考えることさえ面倒で、ゆるゆるといずれ自分も消えゆくために存在しているのだろうと、泡沫の夢を楽しむだけが人生だと、そう退屈を紛らわせていた。

「友雅さんは、情熱がないんじゃないですよ、きっと。
 逆に、人よりずっとずっと情熱家、なんじゃないかな」
そんなことを言ったのは、君が初めてだった。もちろん、私はそんな君の評を笑ってかわしたけれど。自分のことは、自分が良く知っている。何にも心動かされない私のいったい何処に情熱があるというのだろう? 私自身の情熱を、誰より欲しているのは本当は私かもしれないのに?
「友雅さんは、きっと、人よりずっとずっと情熱家だから
 ちょっとやそっとでは心を動かされたりしないんですよ。
 もっと、強く、深く、心に響くようなものじゃないと駄目なんですよ。
 ……有る意味、本物嗜好?」
いたずらっぽく笑いながらそう言った君の言葉が何故かずっと心にひっかかっていた。
君だけが、情熱を持たない私を、人よりずっと情熱家だからだ、と言う。
「では神子殿、そんな私の心を融かすほどのものがこの世にあるのだろうか?」
そう問いかけてみれば、君はひどく真剣に悩み出したものだ。
ほらごらん、と言おうとする私に、君は
「あります! 絶対に、友雅さんの心を動かすものはあります!」
とにかく、そう言い切った。あまりに一生懸命だったから、その場の私は、そういうことにしてもいいだろう、と言ったね。きっと、その時に気付こうと思えば気付くことができたかもしれない。君の言うことであれば、本当になるといい、と思う自分に。君の言葉には真の言霊が宿るだろうと思う自分に。

情熱は桃源郷の月。
手が届くはずのないもの。得ようとして得ることのできないもの。
私にとってはずっとそうだった。
儚い恋に命を燃やす人を、何故、そのように在ることができるのかと不思議に思いながらも、彼らの一途な情熱が羨ましかった。
情熱がどのようなものか知らなかったから、いつの間にか自分の中に生まれたものに気付くことができなかったのかもしれない。人の情熱をいくら間近に見ていても、その形は人それぞれに異なっていて、自分の内なるものの形に気付くことはないのだろう。
最初は、気のせいかと思った。あるいは思い違いだと。それから、戸惑いを感じた。躊躇いも知った。本当にそれがそうなのかと信じることも難しかった。認めることが怖かった。
それら全てが初めてのことで、随分と私は君よりも年長であるというのに、まるでこれまで私が過ごしてきた年月など無意味であるかのように、どうしてよいかさえ知らずにいたのだ。それでも、自分の心の内の変化を見ているのは、不思議と嫌な気持ちはしなかった。愚かだと思ってきた人々と同じように、自分も身を焦がす思いに心を委ねて、それでいて、嬉しくさえあった。すべてが新鮮で、目にうつる風景さえ、以前と異なって見えた。君と共に見るというだけで。これが情熱で、君こそが私の情熱なのだと思い知ったのは何時だっただろう。

私の心を動かすものは必ずある、と断言した君は、それが自分自身だとわかっていただろうか?
私に情熱を教えた君に。私にこれほどの情熱を教えた君に。この内なる炎は君にしか鎮めることはできない。そして君なしでは燃やすこともできない。
今、私は心から乞う。君の全てを私にいただけまいか。
つややかな髪の一筋も、こぼれる涙の一滴も、他の誰にも渡したくない。それがたとえこの京を護る龍神であろうとも。
この京を救うために、と龍神に身を捧げ天へ昇った君に、この私の思いは聞こえるだろうか。
私のこの情熱は届くだろうか。




遙かなる時空の中で
お題部屋
銀月館
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