あなたの温もりをください。 友雅×あかね編
「神子どの!」

突然に身体を強ばらせて倒れ込んできたあかねを抱き留めて、友雅は少女に呼びかけた。

神子が穢れの影響を強く受けるという物忌みの日。八葉が穢れから神子を護るということで、傍に控えていた友雅だったが、それまで普通に友雅と会話をしていたあかねが、不意に気を失ってしまったのだ。

今までも何度かこうして彼女の意識が何処かへ飛んでいると感じたことはあり、その度毎に、穢れから神子を護るはずの八葉の力も当てにならないと歯がゆい思いをしてきた。それ故に、自分なりに自身も穢れを受けぬよう、清い気を纏うよう、細心の気配りをしてきたというのに、今日は常よりも更にあかねの様子がおかしい。これまでなら、ほんの1、2瞬の間に戻ってくるはずの彼女の意識が、どんどんと遠くへ行ってしまっているような気がして友雅は焦った。

いつもくるくると良く動く瞳が光を失い、柔らかなはずの体が固く強ばり、指先が頬が熱を失っていく。

その身体を抱きしめる友雅の心に得も言われぬ『怖ろしい』という気持ちが湧き上がってくる。

『誰かに呼ばれているような気がするんです』

そんな風に言っていたことを思い出し、尚更に不安が募る。龍神の神子と呼ばれる特別な存在である彼女の身に、何があるのかは誰にも計り知れない。龍神を呼ぶことができるという神子は、龍神に呼ばれることもあるのだろうか?

もし、このまま彼女の身体に温もりが戻ってこなければ?

そんな筈があるわけもないと打ち消しても打ち消しても、腕の中の彼女の様子が不安を駆り立てる。

そうすることに意味がないとわかりながらも、友雅は自分の手で熱を失ったあかねの手を包み、温もりを取り戻すようにさすり続けた。

……生きていることも、死ぬことも、どちらも同じ、意味などない

そんな風に嘯いていた自分を愚かだったと今更に思う。

生ける屍のようなかつての自分なら、確かにそうだっただろう。だが今は違う。生きてこそ、だと身に染みてわかる。

「神子どの、戻っておいでなさい。龍神などに君を渡したりはしないよ」

そのささやきは切実な響きをもっていたけれど、遠く龍神の元へ喚ばれている少女の耳に届いているかどうかはわからない。それでも語りかけるようにただ友雅は腕の中の少女に向かって言葉を紡いだ。
鬼であれ龍神であれ、自分からこの少女を奪おうとする者は全て許せないのだと、そう自覚して苦笑する。

「神子どの……」

相手が龍神では勝ち目はないものだろうかと、囁きも小さくなるものの、友雅はあかねの耳元ではっきりと言った。

「君が私の元へ戻ってこないのならば、今度は私が京を滅ぼす鬼になってしまいそうだよ」

それはあかねへの言葉なのか、あるいは彼女の心を連れ去っている龍神への布告なのか。龍神に仕えるためでもなく、京を護るためでもなく、ただ神子のために自分はここにいるのだと自覚したのは、何時の頃だっただろう。鬼にも龍神にも神子を渡すまいと心に誓ったのは。

「神子どの、君を護るのも、君の願いを叶えるのも、龍神ではなく私だよ」

その言葉が終わると同時くらいに、あかねの固まっていた指先がぴくり、と動いた。その手を包んでいた自身の手に力を込めて、友雅はその指先をほぐそうとする。確かめるようにあかねの頬に自らの頬を寄せれば、僅かに熱が戻ってきているのがわかった。

「神子どの……大丈夫かい、神子どの」

ふうっと空気が柔らかくなり、あかねの頬に血の気が戻る。瞳が瞬いて、友雅の目を訝しげに見つめた。

「……友雅、さん?」

自分が今までどのような状態であったのか、良く把握できていないらしくぼんやりした目で友雅を見つめていたあかねは、友雅の胸の中に抱きしめられているのに気付いた途端に顔を朱に染める。

「あの……あのっ……と、友雅さん……」

もぞもぞと身体を動かすあかねを、しかし、友雅は自分の腕から離す気配はなかった。

「気付いておられないようだけれど。また神子どのは何処かへ意識が飛んでいらしたのだよ。
今回ばかりは、そのまま遠くへ行ってしまわれるのではないかと……」

その声音に、あかねは改めて友雅の顔をしっかりと見返した。そして、彼が本当に苦しげな表情をしているのを見て、その腕から逃れようともがくのを辞めた。そのまま、逆にそっと友雅に身を寄せ、腕を回して彼に抱きつく。
ずっと年上のこの人を、あかねはずっと大人の余裕を持った人だと思ってきた。けれど、何時からだろう、そんな余裕たっぷりのはずの人を守りたいと思うようになったのは。時々ひどく孤独な瞳をするこの人を抱きしめたいと思うようになったのは。

「だから、神子どの、今しばらく、君の温もりを私に感じさせてはくれまいか」

願うようにというよりも祈るようにそう囁かれて、あかねは抱きついた腕にぎゅっと力を込めた。

「大丈夫です、ちゃんと、私、戻ってきますから。
 ちゃんと、友雅さんの声、聞こえますから」


遙かなる時空の中で
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