あなたの笑顔をください。 景時×望美編
「大丈夫、オレも後から必ず行くから」
「本当ですよ?」
 何度もそう念をおして、望美ちゃんはオレを見上げる。オレは、いつもの調子でちょっとおどけて、彼女を安心させるために言うんだ。後からちゃんと船に乗るから、先に行っていて? すると彼女はやっと納得したように頷いて、そしてにこり、と笑ってくれたんだ。

ああ、オレは君の笑顔が好きだったよ。……君の笑顔、いや、君が好きだった。
君に幸せでいて欲しくて、でも、オレが君を幸せにする方法はこれしか思いつかなかったんだ。

 駆けて行く君の後姿を見送って、オレは今、君が笑顔を見せてくれたことに感謝した。オレが見た、最後の君が笑顔で良かった。
 君が見た最後のオレもちゃんと笑顔でいられたかな。ねえ、どうかもし、オレを覚えていてくれるなら、みっともないオレじゃなくてさ、ちゃんと笑っているオレを覚えておいてよ。
 でももし、覚えているのが辛かったら、忘れてしまって?

 源氏の船が出て行く。でも、まだ安心しちゃいけない。大丈夫、オレがここでなんとか敵を足止めするから、その隙に逃げ延びてよ。九郎なら出来るよ、次また巻き返して最後にはきっと勝てる。ちょっと突っ走りすぎるけど、弁慶がついていてくれるから大丈夫だよね。
 朔、最後まで頼りにならない兄でごめんね。母上のこと、よろしくね。親孝行が出来なくて、不甲斐ない息子ですまないとお詫びしておいておくれよ。悔いがないといえば嘘になるけれど、でも、自分が出来る最善を選んだと思うとお伝えしてくれ。

 周りをこんな敵に囲まれてしまっているのに、可笑しいね、それよりも背後の海の方から、オレを呼ぶ声が聞こえるんだ。本当に聞こえるってわけじゃない、感じるんだ。鎖骨の宝珠が熱いくらいに、望美ちゃん、君の気を感じる。ああ、本当に、オレは君の八葉で、繋がっていたんだなあ、と思うよ。君はきっと優しいから、船の上からオレを呼んで、真っ直ぐにオレを呼んで、そして怒ってるかもしれないね。それとも、泣いてくれているかもしれない。
 ごめんね、でも、オレは振り向かない。オレが最後に見た君は、笑顔の君ってことにしておきたいからさ。もし、今振り向いたら、後悔しちゃうかもしれないじゃない、オレって弱虫だからさ。君が怒っていたら後悔して、君が泣いていたら慰めに行きたくなっちゃうかもしれないじゃない。でも、最後に見た君は笑顔だったから、オレは良かったって思えるからさ。だから、振り向かない、ごめんね。

 君の笑顔が好きだったよ。いつだって、君の笑顔が欲しかった。飛び切りの笑顔をオレに見せて欲しかった。
 ねえ、望美ちゃん、お願い、どうか笑ってよ。オレは君の笑顔が大好きだったよ。だから、笑っていて。
 オレも笑って逝くからさ。ねえ、君が見た最後のオレはちゃんと笑えていたよね?

 不思議だね、とても気持ちがいいんだ。戦でこんな風に高揚した気分になったのは初めてだよ。ああ、空がこんなに高くて青い。とても綺麗なのに、可笑しいなあ、オレの目はだんだん霞んでいくみたいだ。こんなに気分がいいのに、もう手が上がらないんだ。何か掴もうにも掴めないみたいだ。でも、とてもいい気分だよ。もう、空も見えない、でも君の笑顔は覚えてる。だから、多分、オレは今も笑えているよね?

 望美ちゃん、君の笑顔が好きだったよ。だから、どうか、笑っていて。
 もし、できるなら笑顔のオレを覚えておいてよ。でも、覚えているのが辛かったら、忘れてしまって?
 そして、生きて。いつか、今日のことなんて遠い昔話になるくらいまで、生きて、幸せになって。
 君が好きだった。でも、オレが君を幸せにする方法はこれしか思いつかなかったんだ。
 さよなら、望美ちゃん。そして、ありがとう。君の笑顔がオレの宝物だったよ。




遙かなる時空の中で
お題部屋
銀月館
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