哀しくなんかないのに
「きっと、景時さんが好きだから」
望美のその言葉に景時は声を失う。真っ直ぐに景時を見つめる、凛とした強い瞳。けれど、時折、少女らしい弱さも見え隠れすることも景時は良く知っていた。けれど、自分の気持ちを隠しもせずに、景時にぶつけてくる目の前の少女を受け止める術を、景時は持たなかった。
ぐっと拳を握りしめる。望美から目を逸らそうにも逸らすことができなかった。きっ、と強く景時を見上げているのに、その頬は羞恥に赤く染まっていて、初々しい印象さえ残して。どこまでも綺麗だと、目を離すことなんてできないと、思う。
喉元まで、言葉がこみ上げてくる。望美ちゃん、と。けれど、そう呼びかけたらその後の言葉も押しとどめることができずに零れてしまいそうで、呑み込む。
――オレも、君が好きだよ。君が、大切で、護りたくて……
しかし、それを伝えてどうなるというのだろう。いずれ来るべき時に、彼女を裏切るのは自分だというのに。
――オレなんかを好きになっちゃ、駄目だよ。
そう言ってやれれば、きっと彼女のためだと思うのに、でもきっと、そんなことを言っても彼女は鮮やかに、それでも景時を好きなのだと言い張るだろう。京邸の夜の庭で、聞こえない振りをした言葉を今、決意とともに再び伝えてくれる強さを持っているのだから。
 愛しい、愛しいと想いが溢れる。嬉しい、嬉しいと心が震える。こんなにも愛しいと思う彼女が、同じく自分を好きだと言ってくれることが、哀しいことのはずがない。今の自分は哀しいはずがない。瞼の裏が熱くなってくるのを誤魔化すように、そう内心で繰り返し、それでも誤魔化しきれない自分に、景時は望美を抱きしめて、顔を見られないようにした。
「ごめん……ごめんね」
明日で世界が終わってしまえばいい。そうしたら、彼女に自分の気持ちを伝えることができるのに。この幸せな想いのままに死ぬことができるのに。愛する人に愛される、その幸せを、そのままに受け取ることができるのに。
 腕の中の望美は、ただされるがままに大人しく景時に身体を預けていた。おずおずと、その腕が景時の背に回されて、そっと宥めるかのように優しく触れてくる。
 こんなにも幸せで、何故こんなにも泣きたいのだろう。こんなにも愛しい人に、愛されて、何故。
――オレを好きになってくれて、ありがとう
そう、伝えたかった。
――君を幸せにするよ。君の笑顔を護ってみせる
そんな風に、同じ思いを返したかった。
だけど、彼女に言える言葉はただ一つだけ。
「……ごめんね」
哀しくもないのに、ないはずなのに。瞼がただ、熱かった。




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