ぎゅー。 back index
 もともと冬はあまり好きではなかった。なんといっても寒いのが苦手なのだ。朝起きるのが何よりも苦痛。温かい布団の中でぬくぬくと丸まっていたい。それが京へ来てみると、なおさら寒かった。しかも布団の中もさして温かくない。寝る前は褥と衾を温めてもらったりもするけれど、朝起きる頃には冷えている。ので早く火鉢に火を熾したかったり、少しでも温かい部屋に移動したくて、我慢して起きた。動いた方が身体が温まったということもある。冬の朝の澄んだ空気が気持ちいいよね! などと無理矢理に思いこんだこともあった。更に言えば、戦中だったから寒いのなんのと言っていられなかったこともある。しかし。
(あー……起きたくないなあ)
 今日も望美は布団の中で葛藤している。起きなくては、という気持ちはもちろんある。起きてあげたい、という気持ちだってある。好きな人のためにとびきりの朝食を作っておいてあげたい、なんてことは望美だって思うものだ。しかし、その好きな人こそが冬の朝、褥から望美が出られない一番の原因だったりするのだ。
(だって……ぬくぬく気持ちいいんだもん)
 景時は望美よりも肌の温度が高い。天然のカイロみたいなもので、冬場は特に離れて眠りたくなくなってしまう。ぎゅーっと抱きついて離れたくなくなってしまうのだ。それに、景時も同じように、眠るときにぎゅっと望美を抱きしめてくれるから。その腕の中から出たくなくなってしまう。望美が寒がりなのを知って、冬は余計に温かいようにと抱きしめてくれているようだが、それは望美にとっては冬の朝の魔の誘惑なのだった。
(朔はもう起きてるよね……朝ご飯作らなくちゃ……)
 実は既にもうこの冬、何度かこの誘惑に負けて寝過ごしている。眠っていたわけではないので、寝過ごした、というのは正しくはないかもしれないが、とにもかくにも朝餉を作るのに間に合わなかったのだ。朔も義母も、女手が多いのだから構わない、と言ってくれる。景時も『望美ちゃんと少しでも長く一緒にいたいからね〜』と笑って言ってくれる。しかし、それに甘えていてはさすがにいけないだろうと思うのだ。
(うぅぅ〜……よしっ、起きるぞっ!)
望美は意を決して景時から離れようとした。……途端。
 ぎゅーーっ
 強く強く抱きしめられて身動きできなくなってしまった。
「か、景時さんっ!?」
「だめー。もうちょっと寝てよう? 寒くなっちゃうじゃない」
「でも、ほら、朝餉の準備が」
「望美ちゃんがいなくなると、褥の中が寒くなっちゃうんだよね〜、オレが寝てらんないくらい。
 今日はオレはもうちょっと寝ていたいから望美ちゃんも居てくれなくちゃだめ。
 朔にはオレが怒られてあげる」
 そんなことを言いつつ、朝に弱い望美のためにそう言ってくれるのだと望美にはわかる。優しい人で、この人の傍にいたら際限なく自分は甘やかされてしまうだろうと思ってしまう。本当は景時こそ、存分に甘やかしてあげたいと思っているというのに。
「……景時さん、お仕事は?」
「んー……いいのいいの。どうせ九郎も弁慶もうちに朝餉を食べに来るんだから」
そのときまでに起きれば良いという理屈らしい。なんとか自分を甘やかしてくれる優しくて振り払えない腕から逃れる理由を望美は捜したが、どうにも無理だった。それも当然、望美も本気でここから逃れたいわけではないのだから。
本当に自分は駄目だなあと内心、自己嫌悪になりかけた溜息を吐きながら、望美は今朝も誘惑に負けることにした。どうやったってこの優しさには抵抗出来ない。
「……もうちょっとだけですからね?」
いかにも景時の我が儘に負けたような振りをして。
「うん、うん。もうちょっとだけね」
景時がそれでも嬉しそうな声で応えてくれたので、ぎゅーっと望美も景時を抱きしめた。
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