銀世界って綺麗なのは初めだけだよね back index
 少し寒くなって景時は目を覚ました。いつもなら、寒がりの望美が自分に擦り寄ってきて、それが温かくて心地よく眠れるのだが、その姿が褥にない。もう朝餉の準備に起き出してしまったのだろうか、寒がりの望美にしては随分と思い切りの良い、と思って景時も起きあがる。望美がいないのでは褥での朝寝もさして楽しいものではない。上着を羽織って、部屋から出ると、庭が雪に彩られていた。
(どうりで寒い……)
と欠伸をひとつ。ところが口が大きく開いたそのままで景時は驚いて目を見張る。
 庭の真ん中に望美が立っていたのだ。寒がりなはずの望美が、この雪の中、一人で庭に佇んでいるとはいったい何かあったのかと景時は慌ててそのまま庭に降りる。下履きを履くのも忘れ、裸足のままだった。縁から景時の足跡が雪の上に点々と記される。良く見ると、階から望美の小さな足跡も続いていた。
「あ、景時さん、おはようございます」
ところが、景時の心配をよそに望美は至極元気な上に上機嫌だった。
「積もったばかりの雪、独り占めですね」
嬉しそうにそう言って望美がざっくざっくと真新しい雪の上を歩いていく。
「だ、大丈夫? 寒くない?」
「寒いの苦手ですけど、雪は別!
 今年は寝坊ばっかりしてたから、綺麗な雪景色をまだ一度も見てないんですもん」
少しばかり唇を尖らせて望美がそう言う。確かに既に下働きの者や警護の者の足跡がざくざく残っていたり。雪かきされてしまった後だったり。泥や土が雪にまみれてしまっていたり。望美が起きたころにはそんな有様だったことが今年は多かったかもしれない。
「銀世界って綺麗なのは最初のうちだけなんですもん。一番に足跡つける人が一番お得」
だから昨日の夜、雪が降り出していたから絶対今日は早起きするって決めていたんです、と望美が言う。寒がりなのに可愛いなあ、と景時は思わず微笑んでしまう。
「オレも起こしてくれたら良かったのに」
「だって……景時さんはお仕事もあるし、起こすの悪いなって思ったから」
「……望美ちゃんがいなくなったら、目が覚めるんだから同じだよ」
そう言うと、望美が少し決まり悪げに肩を竦めた。
「……景時さんだったら起こさなくても、目を覚ましてくれるかなーって
 ちょっと期待もしていました」
起こすのは悪いけど、一緒に見たいな、とも思ったから、と望美が言う。その様子に、やっぱり景時は、ああもう、本当に可愛いなあ、と思わずにはいられなくて立ち止まった望美に近づくと抱きしめる。何時から庭にいたのか、その身体は既にひんやりとしていた。望美自身もそのことにやっと気付いたのか、景時に抱きついて頬をすり寄せてくる。
「ほらー、冷えちゃったんでしょ」
羽織っていた上着の中に望美を入れて景時は雪景色の庭を見回した。そして思わず笑い出す。あちこちに残る足跡は全て望美のものだろう。十分に銀世界を堪能したようだ。
「冷え切っちゃう前に戻りましょうか」
望美は景時の手を引いて邸へと戻ろうとする。そしてはたと気付いたように景時の足元に目をやった。
「……か、景時さんっ! 裸足じゃないですかっ!」
「あ? ……あー、そうだね。急いでたから」
景時自身も今気付いたように自分の足元を見遣った。途端に望美は凄い勢いで景時の手を引っ張って階に戻ると、景時を立たせて部屋へ引っ込み、すぐに柔らかい布を手に戻ってくる。足を拭いてくれたかと思うと今度は部屋へと追い立てられて、その様子が怒っているようだったので、景時はちょっと声をかけられずに頬を掻いた。
「もう、もう、もう。景時さんったら、どうしてなんですか。
 今、お湯を盥に汲んできますから、それで足を温めてください!
 ほんとに、もう……優しすぎるんだから」
ごめんなさい、と小さい声がその後に聞こえたので、景時は少しだけ望美を引き留めて
「今度はオレも起こしてね?」と囁いた。
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