雪にも負けないリアリスト | back | index |
「景時さんってさあ……」 まだ雪深い平泉で、鎌倉へ戻っていく景時を遠く見送りながら望美は呟いた。春が遅いこの地に花が咲く頃にはきっと景時も戻ってきてくれるだろう。隣で同じく兄を見送っていた朔が望美を見遣る。誰に語りかけるでもない様子だった望美だが、言葉を続ける。 「雪みたい……。冷たく思えても、温かいの。 雪って冷たいけど、ほら、かまくらとか作ったら風を遮るし、保温もいいから 中はあったかいでしょ? 景時さんも冷たい振りして、本当は風を遮って温めてくれようとしてて……」 そこで声が途切れた。帰ってきてくれるよね、とその唇が小さく動いたことに朔は気付いた。そっとその肩を抱いて言葉無く頷く。 「景時さんね、出来ないことを出来るって言わない人だと思うの。 隠し事はするけど、出来ないことを出来るって言わない人だから。 ううん、出来ないかもってことでも、皆のためだったら無理してやっちゃうくらいの人だから」 だから、一人で無理しちゃうんだよね、と望美が続ける。不安もあって、心配もあって、ただそう語り続けていれば安心できるかというように。あるいはあの壇ノ浦以来、ずっと皆の前で語ることが憚られた景時のことをただ、想い溢れるままに口にしたいのかもしれない。 「景時さんは、私よりもずっと色んな事が見えるから、 出来ることも出来ないこともわかっているから……それは当然なんだよね 景時さんは、守らなくちゃいけないものを沢山持っているから 私みたいに、皆に守られて失敗したってやり直せるってことが景時さんにはないから」 心を殺して、自分の想いを雪の中に凍らせて。ただ淡々と自分に出来ることだけを選んで。 「壇ノ浦でね、何故、って思った。景時さんが何故、って。 一緒にいてくれるって当たり前みたいにずっと信じていたから。 そうやって、頼って甘えている間、景時さんはずっと一人で戦っていたのにね」 夏の熊野で、景時さんと二人にしてくれたでしょう、と望美はやっと朔を見て言った。薄い微笑みは切なげで、朔は声もなくただ頷く。 「あのときね、景時さん、とても辛そうだったの。 そう思ったのに私は誤魔化されちゃって、何もわかってあげられなくて。 あのときからずっと景時さんは一人で、 どうすれば自分が皆を助けられるか考えていたんだね」 「……でも、兄上は間違っているわ。そのために皆を悲しませて……」 「……景時さんもね、正しいなんて思ってなかったと思うよ」 でも、それしか自分が皆を助ける手段が見つからなかったんだと思う。間違っていても、平泉を戦火に巻き込むことになっても、それでも皆を助けたかったんだよ。その責めは一人で背負うつもりで、皆にわかってもらおうとか、赦して貰おうとか思ってなかったんだと思う。一人でね、心を凍らせて、皆が無事に暮らせるってわかったら、思い残すことはないって死ぬつもりだったかもしれない。 「……バカね、兄上」 望美の言葉に朔は、少し言葉を詰まらせてやっとそう言った。 「……鎌倉に、行かせなければ良かったかなあ」 望美の声が少し涙声になった。嘘は吐かない人だけれど、でも、たくさんのことが見える人だから、一人で行かせたら、また一人で何かを背負ってしまうかもしれない。雪の白さは不安を募らせる。 「大丈夫よ、望美、兄上はバカだけど、同じ間違いはきっと二度と繰り返さないから」 朔は望美をぎゅっと抱きしめた。本来なら兄こそがこうやって彼女を支えるべきはずなのに、と想いながら。うん、と望美が小さく頷く。 「ね、兄上が雪のような人だというのなら、 その頑な雪を融かすのはあなたのような春のぬくもりだと思うの。 そしてね、まだここは雪深いけれど、兄上の心の雪はあなたが融かしてくれたのよ」 だからきっと。この北の地にも春は必ず来るように、景時もきっと戻ってくる。励ますようにそう言うと、涙混じりに望美も微笑みながら頷いた。 |