どうして冬の女子ってああも色気がないんだろう back index
 偶には冬らしく皆で集まって鍋パーティーでもしようや、と誰が言い出したか(間違いなく将臣だろう)景時の家に皆が集まることになったのは冬休みに入ってすぐのこと。忘年会だと皆も乗り気だが、あと一週間もすれば今度は新年会だとまた集まるに違いない。
 ぐつぐつと煮える鍋を前に鍋奉行を勤めているのは、かつて軍奉行だった男。
「望美ちゃん、朔、そろそろ煮えるよー」
 キッチンで追加の材料やそれ以外のおかずを手配している二人に声をかける。一方、箸を手に今か今かと待ちかねているのは将臣で、行儀良く待っているのが譲。はーい、でも、もうちょっと、と台所から声が帰ってくる。その望美の声に将臣は景時にふと顔を向けた。
「なー、今日の望美の格好見たか?」
その言葉に景時はきょとんとした顔を向ける。何か問題でもあっただろうか? という顔だ。確かに望美の格好は普通にセーターとロング丈のスカートだった。問題はない。
「ここに来るまでの望美の格好だよ。あいつ寒がりだからスゲエ着込んでただろ。
 ロングコートだダウンベストだマフラーだ、って、雪だるまかっつーの」
ああ、と景時は玄関先で見た時の望美を思い出して頷く。その顔が思い出し笑いの表情になり、それがまた幸せいっぱいな顔だったので将臣は眉を顰めた。
「外でデートするときも、あいつ、あんな格好なんだろ?
 冬とはいえ、色気なさすぎだと思わねえ? なんだってああも色気ないんだ?
 少しは可愛い格好しろ、って言った方がいいぞ」
「……兄さん、大きなお世話だろ。
 それじゃあ兄さんは冬でも色気抜群な人を恋人にすればいいじゃないか」
鍋の上で今にも獲物を掬い上げようとしているような将臣の箸を持つ手を譲がぴしゃりと叩きながらそう言う。一方、言われた景時の方はきょとんとした表情だ。
「えー? 色気ないって冗談でしょ、将臣くん。
 あんなに可愛いのに、望美ちゃん」
オレほんとにいつもいつも大変なんだから、と何が大変なんだか良くわからない台詞を景時が言う。それがまた本気で嬉しげなので将臣はますます顔を顰めた。
「……マジでそう思ってんの?」
「えー? なんで将臣くん? 今日だってすっごく可愛かったじゃない。
 ほんと、将臣くんや譲くんが羨ましかったよ、オレが望美ちゃんを迎えに行きたかった!」
景時宅での忘年会なので、家が近所の3人が一緒に連れ立ってやってきたのだ。譲の方は景時の台詞をさも当然と聞いている。同じ白虎としては景時の心情が理解できるらしい。
「ふわふわしてて、あったかそうで、可愛いじゃない。
 それにさ、あんなにいっぱい着込んでいるのってさ、
 すっごく素敵なプレゼントがすっごく大切にきれいに丁寧に包装されてるみたいじゃない」
語る目がきらきらしている景時に、将臣はげんなりした様子だ。
「あーあー、そりゃお前にとっては豪華包装されたプレゼントなんだろうよ、
 後で包装はがすお楽しみがお前にはあるもんな」
「兄さん!」
譲のツッコミよりも早く将臣の頭にスリッパが飛んでくる。将臣の頭にクリーンヒットしたスリッパは幸い鍋には入らず、後ろのソファへ飛んで言った。
「いってーーー!!」
「何言ってんのよ! 将臣くんってば!」
鬼の形相をした望美が仁王立ちでキッチンとの境に立っている。
「全部、丸聞こえなのよ! 料理食べさせないわよ!」
今にも将臣を封印してしまいそうな望美の勢いに、頭をさすりながら将臣がくいくい、と景時を指す。景時の前でこんな勢いで怒ったことのない望美は、はっと気付いて景時を見遣る。目を見張って望美を見ていた景時だったが、幻滅されただろうかとばかりにもじもじしている望美に向かって、頬を掻きながら言う。
「あー、ごめんね。将臣くんがちょっと羨ましいな〜って。
 望美ちゃんと仲良さそうでさ〜」
照れた様子でそう言う景時に、今度こそ将臣は撃沈した。
「…………どつかれてんだよ、何が仲良さそうなんだよ……お前、オカシイよ」
もちろん、そんな台詞は二人には聞こえていない。望美は赤い頬をして景時の傍にやってきて「厚着で可愛くなくて怒りん坊なんて嫌になりません?」などと言っているのに、景時は「どうして〜? ふかふかして温かくて可愛いし、望美ちゃんに本気で怒ってもらえるなんて羨ましいじゃない」とか応えていたりして、すっかり二人の世界である。
やってられないとばかりに、鍋に箸をつっこんだ将臣を今度は譲も止めはしなかった。代わりに一言
「兄さん、あの二人には何言っても無駄ですから。
 兄さんは平家に居たから知らないでしょうけど、オレは京で十分経験済みです」
と告げる。弟にしてやられたと思ったのはこれが初めてかもしれない、と将臣は思いつつ二度と同じ過ちはしないと誓ったのだった。
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