外に出たくない back index
「やっと休みが貰えそうだよ、望美ちゃん!」
帰ってくるなり、白い息を吐きながら景時が嬉しげにそう言う。風邪をひいてはいけないから、早く中に入って、と言いながら望美は景時を見上げた。鎌倉から京へ戻ってきたのは初春のころ。それから戦の後始末に京へ詰めていた軍の整理、六波羅の整備に恩賞の整理に西国の統治のための仕組みづくりに……と瞬く間に月日は流れていった。戦をしていたころよりも忙しさは増し、僅かな合間を縫って祝言だけは挙げたものの、なかなかゆっくり二人の時間を取れずにいた。
 夏の宵、花火をもう一度の約束は来年に持ち越され、秋の日、紅葉を見に行く約束は景時が西国視察の土産の一つに紅葉の葉を持ち帰ったに終わり、そしてとうとう冬がやってきたのだった。景時の身体の心配こそすれ、毎日共に暮らせることが嬉しい、と言ってくれて、まるまる1日の休みはなくとも、僅かな時間に一緒に洗濯物を干したり畳んだり、月を見上げたり、庭の花を愛でたり、そんな些細なことで笑顔を見せてくれる望美ではあったが、景時はとてもすまなく思っていたのだ。
 そもそも交渉事や事務処理とは無縁な九郎は弁慶や景時がいないと途端に仕事の処理能力が落ちる。本人も努力はするのだが、どうにも頭が痛くなってしまうらしい。また、裏を読むということが全くできない正直者なので朝廷との交渉など、危なくて任せておけない、というのが景時や弁慶の本音でもあり。勢い、この半年、景時が休みを取ることができなくなっていたのだ。これは何も景時に限ったことではなく、弁慶や九郎だって同じことではあった。なので愚痴も文句も言わずに勤めてきたのではあるが、最近なんとか落ち着いてきたのを見計らって、景時は九郎に休暇を願ったのである。2、3日のことではあるが、九郎は勿論何も言わずに頷いてくれ、むしろ『今まで気付かず申し訳なかった』と謝ってさえくれた。その仲間の気持ちも嬉しくて、景時は帰ってくるなり勢い良く望美にそう言ったのだった。
「ね、3日は休めるからさ、何処か行こうか。大原のあたりも静かで良いかもしれないね」
うきうきと嬉しげな景時だったが、望美はしばらく考えてから言う。
「……でも、寒いですよね。外に出たくないなあ」
景時はその望美の言葉に衝撃を受けた。うきうきした気分がふっとんでしまったのだ。もしかして、自分だけが浮かれてしまっていたのだろうかと途端に自己嫌悪の波が押し寄せてくる。
「そ、そうか〜……そうだよね、望美ちゃん、寒がりさんだったし……ごめんね
 オレ、なんだかはしゃいじゃってさ〜……ほんと、もうちょっと気の利いた季節に
 休みを取ってきたら良かったんだけど……」
情けないと想いながらも、それこそ気の利いた言い訳が出てこない。見下ろしてみると、望美が可愛らしい唇を少し尖らせて上目遣いに景時を見上げている。景時は思わず口を噤んでしまった。
「……お休みが嬉しくない、なんて言ってません。外には出たくないなーって言いましたけど」
「え……と、うん」
確かにそうなのだが、望美の言いたいことが良くわからずに景時が首を傾げる。望美はばふん、とばかりに景時の胸に飛び込んでくるとその顔を見上げて言った。
「三日間、景時さんを独占できるんですよね? おうちでゆっくりしましょう!
 お部屋で一緒に過ごして、朝はお寝坊して、お庭で遊んだり」
「……そんなのでいいの?」
なんだか勿体ないような気がして景時が申し訳なさそうに言うと、望美はにっこり笑って言った。
「そういうのが、いいんです! ずーっとおうちで景時さんと一緒! 一番贅沢ですよ」

html : A Moveable Feast