君の怒鳴り声が、目覚まし。
「きゃ〜! 駄目っ! 駄目ったら!!」
望美ちゃんの叫ぶ声でオレは目を覚ました。しまった、寝坊してしまった、彼女に何か危険が?! と思うと飛び起きてそのまま声のする方へ走る。起き抜けで身体がまだあまり思い通りに動かなくて、転びそうになりながら、部屋の戸をあけて辿り着いたのは台所。
「のっ、望美ちゃんっ、どうしたのっ!」
寝ぼけ眼を見開いてよくよく見れば。驚いた表情の望美ちゃんが、黒く焦げたモノが載った皿を片手に、もう片手にはおたまを持ってオレを見返した。その傍らのレンジ台には吹きこぼれた鍋。多分、味噌汁なんだろうけど、増殖したワカメが鍋からはみ出していて。ああ、これに向かって『駄目』と叫んでいたわけだ、と納得する。でも、吹き出す味噌汁や増殖するワカメに『駄目』って言っても、聞いてくれないだろうなあ、うん。
「……ご、ごめんなさい、景時さん。目、醒めちゃいましたよね……
 朝ご飯、作ろうと思ったのに」
望美ちゃんは、しゅんと萎れているけれど、もちろんオレは呆れるとか怒るとかそんなわけなくて、そんな項垂れた望美ちゃんが可愛くていじらしくて堪らない気分だったりして。敢えて気になるとすれば、皿の上の焦げた物体は元は何だったのかな〜なんてことくらい?
「っていうか、オレこそ寝坊して朝ご飯作れなくてごめんね〜
 望美ちゃんこそ、早起きして眠たくない?」
オレはホントに望美ちゃんをどうこう言える立場じゃない。だってオレも、むこうの世界に居た頃、発明や陰陽術で良く良く失敗したからね。朔や母上にもどれほど呆れられたことか。そりゃあ寝入り端に爆発音響かせたり、家の中でサンショウウオが我が物顔で歩いていたりしたら、嫌がるものだけどさ。とにかく、オレは望美ちゃんの失敗なんて、全然気にならないんだな。むしろ、そのオレのために、っていう気持ちが嬉しい。
「……朝ご飯……」
すっかりしょんぼりしちゃっている望美ちゃんに、オレは鍋から溢れたワカメをとりあえず半分ほどボウルに取り分けた。
「ワカメを減らせば大丈夫かもよ。ワカメは増えるんだねえ〜
 で、こっちに取ったワカメは、洗って……そうだな〜簡単にフライパンで醤油炒めにしちゃえ」
朝のおかずが一品増えるね、とオレは望美ちゃんに笑いかける。レンジ台を見ると、グリルが開いていたものだから、どうやら望美ちゃんの持ってる焦げた物体は魚だな、と見当をつけた。
「そっちの魚はさ、表面の焦げを落としたら、残った身をほぐしてご飯と混ぜようよ。
 胡麻と一緒に混ぜたら豪華な感じになるでしょ」
ほうら、失敗なんて問題じゃない、ちゃんとした朝ご飯が出来るでしょ。でも、望美ちゃんは浮かない顔。
「……はぁ〜〜〜。いつも作ってもらっているから、
 せっかく一人で、景時さんの手を煩わせずに、朝ご飯くらい作りたかったのになあ……
 一人でご飯も作れないなんて、情けなくなっちゃう」
これでも家で練習してきたのに、と言う望美ちゃんだけど、オレはこんな望美ちゃんが可愛くて仕方がない。強くて、眩しくて、何でもできる……ように見える望美ちゃんの唯一の弱点が料理なんだよね。オレとしては料理が出来なくたって、それ以上の美点を望美ちゃんは持っているんだし、こんなの弱点のうちに入らないと思うし。出来ることは出来る方がやればいいと思うし。今朝みたいに、失敗したって工夫ひとつでなんでもないことになっちゃうんだし。気にしなくっていいと思うんだけどなあ? でも、やっぱり納得できなさそうな彼女に、オレはひとつ提案してみる。
「じゃあさ、オレと一緒に練習すればいいじゃない?
 今度から、一緒に作ろうよ、ね?
 望美ちゃんの手料理もすごく楽しみだけどさ、二人で作るのもすごく楽しいよ?」
まだ悔しそうな表情の望美ちゃんだけど、オレは朝から二人で台所に立つっていうのもいいよなあ、なんて内心ニヤニヤしてしまうんだ。
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