ご飯の炊ける匂い
ふわふわ温かい布団に包まって、とても気分よく眠っていた私は、鼻をくすぐるご飯が炊ける匂いに、おなかが空いていることに気付いた。急速に覚醒していく意識。はっと目をあければ、見慣れた自分の部屋のベッドではなくて。伸びをすると同時にシーツの残り香を思い切り吸い込む。ああ、景時さんの匂いだ。
それから身体を起こして。もちろん、ベッドにはもう景時さんの姿は無い。寝起きで少し絡まった髪を手で梳いて、私は小さく溜息をついた。
(……また、寝坊しちゃった……)
いつもいつも、眠る前は明日こそは私の方が早く起きて、景時さんに朝ごはんを用意してあげよう、と思うのだけれど。その試みが成功した例は今までのところ一度もない。……もしかして、景時さん、私が料理が苦手なのわかってて、わざと早起きしているのかしら? と思ったりするくらい。
ぺたり、とベッドから床に降りて、それももう決まりごとのように景時さんのシャツを借りて着替える。洗い立ての布が素肌に心地よくて、やっぱり景時さんは洗濯上手だなあ、なんて感心する。部屋の扉を開けて外に出れば、途端にずっと強くなる食欲をそそるご飯の匂い。それに混ざって、香ばしい匂いも漂ってきてますます胃を刺激する。かちゃかちゃと食器の触れ合う音と一緒に聞こえてくるのは、大好きな人の楽しそうな鼻歌。こちらの世界で覚えた歌を、楽しそうに歌っている。
「景時さん、おはようございます」
キッチンで朝から忙しく、それでも器用に立ち働いている景時さんの背中ごしに、グリルを覗きこむ。美味しそうな匂いの正体はちょうど良い焼き具合の鮭。お鍋では味噌汁になる予定のものが、あとは味噌を溶くだけの様子。今日はお豆腐とネギとワカメ。テーブルの上には既にほうれん草のお浸し。……完璧すぎる。
「望美ちゃん、おはよう〜、ご飯出来上がったら起こそうと思ってたんだけど。目が覚めちゃった?」
どこまで私を甘やかしてくれるつもりか、そんなことを景時さんは言う。
「……また、朝ごはん作らせちゃってごめんなさい」
背中にこつん、と額をつけてそう言うと、景時さんは菜箸を持ったまま身体を捻って器用に私の頭に口付けを落とした。
「オレが作りたいんだから、いいの! さ、じゃあ、すぐにご飯できるから! 顔を洗っておいでよ!」
ちょっとばかり自己嫌悪な朝だというのに、こんな瞬間とても幸せになってしまう。景時さんもとても楽しげだから、私は自分を許すことにして、景時さんと同じ鼻歌を歌いながら洗面所へ向かった。
 冷たい水でさっぱり顔を洗って、髪もきちんと梳かしてキッチンへ戻ってくると、もうすっかりテーブルの上には美味しそうな朝ごはんが準備されていた。今日もとっても美味しそう。毎週日曜の朝は、景時さん特製の朝食が私のおなかを満たしてくれる。
「ご飯は私がつけますね?」
お揃いのお茶碗に炊き立てのご飯を装えば幸せな匂いが立ち上る。向かい合わせに座って顔を見合わせると特に示し合わせたわけでもないのに「いただきます!」と声が揃った。ほかほかしたご飯に、ちょうどよい塩加減の鮭がほんのり甘い。美味しくって思わず顔が綻んでしまう。やっぱり、幸せ、とっても幸せ。でも、いつか私もこんな温かい食卓の幸せを景時さんに作ってあげたい。
(……まずは早起きの練習しなくちゃね?)
back ■ 銀月館 ■ top
template : A Moveable Feast