昼食はおしゃれなカフェで
「景時さん、あのね、新しくイタリアンのカフェが出来たの!
 お昼、そこで食べませんか?」
こちらの世界に来て、あれもこれも珍しい景時さんは、新しいお店に行くのも大好きだ。食べ物でも飲み物でも、雑貨でも何でも面白くて楽しいらしくて、何処へ行くのも大賛成してくれる。
「あっ! 知ってる知ってる! 広告入っていたよね。
 オレも行ってみたかったんだ〜」
嬉しそうにそう言う。そう、そして景時さんはもしかしたら私よりずっと情報通かもしれない。いったいどれほどの新聞や本や雑誌に目を通しているんだろうと思うくらい、いろんなことを良く知っている。でも、それも当然かもしれない。京では軍奉行としてたくさんの書類と兵を統轄していた人なのだ、多くの情報を集めて処理することなんて慣れたものに違いない。そう考えると、本当に景時さんっていう人は、全然本人に自覚がないけれどすごい人なんだと思ってしまう。改めてまじまじと景時さんを見つめてしまう私に、彼はちょっと不思議そうに微笑みかけてくれる。
「……景時さんを驚かそうって思ったら、大変だな〜って思って。
 新しいお店のこと、知らないだろうからって思っていたのになあ」
そんな風に言うと、景時さんは慌てたように両手を振ってみせた。
「な、何言ってるの〜オレはいつだって望美ちゃんに驚かされっぱなしだって」
その表情に私は満足して、景時さんにぶら下がるみたいにしがみつく。そうすると景時さんは途端に慌てたように少し仰け反って、それでも転けないように踏ん張って、私を支えてくれる。
「ほ、ほら〜……望美ちゃんって予測不可能なんだから……
 オレがいま、どれくらいびっくりしてどきどきしてるか、わかってないでしょ〜」
は〜〜と溜息つきながら、それでも優しい目で私を見下ろしてくれる景時さん。わかってるよ、よくわかってるの。景時さんの心臓の音がとっても良く聞こえるから。でも、慌てて照れて、けれど嬉しそうにしてくれる景時さんが見たくて、つい驚かせたくなっちゃうんだもの。
 景時さんと新しいお店に行きたくなったり、お洒落なカフェを選んでみたりするのも実は良く似た理由なんだけど、それを言ったら意地悪だって言われちゃうかなあ。
「望美ちゃんは、イタリアンやカフェが好きなんだね〜
 オレも嫌いじゃないな。飲み物の種類もたくさんあるしさ。パスタっていうのも美味しいね」
そもそも、景時さんは好き嫌いがあまりないみたいで、こちらの世界に来てからでも珍しいものでもなんでも食べて美味しい、って言う。京でも嫌いっていうものはなかったような気がする。食べられるということ自体が幸せなことで、好き嫌いなんて贅沢言える世じゃなかったというのが大きな理由かもしれないけれど、なんでも美味しそうに食べる景時さんの姿は見ていてとっても幸せになれる。私もおかげで偏食とはほど遠くなってしまった。それはともかくとして、パスタも大好きな景時さんなのだけれど。
「ただね〜、お箸で食べられたら、もっといいのになあ〜」
そう、フォークはまだちょっと苦手だったりして。……ごめんなさい、景時さん、私がイタリアンに行きたいのはそれが理由だったりもするの。
「じゃあ、お箸で食べられる違うお店に行きましょうか?」
「や、大丈夫だよ、オレもフォークに慣れないとね!
 でも、望美ちゃんこそ、平気?
 せっかくお洒落なカフェなのに、上手くフォーク使えないオレと一緒で恥ずかしくない?」
もちろん、私は大きく首を横に振る。お洒落なカフェだから行きたいんじゃないの。ね、なんでも器用な景時さんが、ちょっぴり不器用にフォークでパスタを食べているのを見るのが、すっごく可愛くて大好き、なんて言ったら呆れちゃう? だからついつい、イタリアンに行きたいなんて言ったらどう思うかな? 私だってそんなに上手じゃないけれど、それでもくるりとパスタをフォークに巻いて、見本みたいに景時さんに差し出して、それを景時さんが食べてくれたり、景時さんが上手に巻けたって私に食べさせてくれたり。自分でも十分バカップルだってわかってるから、言わないけれど。それが行きたい理由なの。だから、ちょっぴり思ってる。景時さんのフォーク使いが何時までも、少し不器用なままだったらいいのになあ、なんて。
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