他愛も無い会話
オレは年頃の女の子が嬉しくなるようなしゃれた会話とか、興味のある話とか、全然思いつかないから、ものすごく幸運なことに望美ちゃんと邸で二人になれたときでも、何から話していいか手こずってしまう。
「今日は天気がいいよね〜」
なんてどうでもいいことしか口に出せなくて。本当に偶然、たまたま、突発的に二人になったときなんて、嬉しいけど殊更に困ってしまう。だってわかっていたらオレだってなんとか望美ちゃんを喜ばせられるようなものを準備しておいたりできるのに。例えば虹を作って見せるとか、花を降らせてみるとか。でも、そうやってみせるには、それなりに準備がいるわけで。偶然の幸運というのは、オレにとっては、かっこわるいところが望美ちゃんに見られてしまう不運な時間でもあるわけだ。
「ほんとに、気持ちいいくらいの洗濯日和ですよね〜」
望美ちゃんは笑ってそう言う。ああ、そう言えば、ほんと、出会いからしてオレは望美ちゃんには格好悪いところを見られていたのだった。今更かっこいいところ見せようなんていうのが、間違いかな。望美ちゃんも、オレが天気がいいね、って言うと、もう決まって「洗濯日和ですよね」って返してくるし、すっかりオレって洗濯男なんだよねえ。でも、望美ちゃんがそう言うのは全然、嫌な感じがしないんだ。馬鹿にされているって気もしない。なんていうか、望美ちゃんの「洗濯日和ですね」っていう言葉には、なんだかオレに向かって「良かったですね」って喜んでくれているみたいな気がするから。だからオレも
「そうなんだよね〜、ワクワクしちゃって。張り切って洗濯しちゃうよ〜」
なんて返したりして。ちっともカッコイイ洒落た会話なんてできやしないんだ。でも、それでも望美ちゃんは呆れたりせずに、むしろ嬉しそうな顔になってオレの傍に居てくれる。
カッコイイことも言えないし、洒落たことも言えないけど、こんな他愛ない会話でも嬉しそうにしてくれるのが嬉しくて口が軽くなってしまうんだ。ついつい、どうでもいいことばかり口先から滑るように零れていって。でも、望美ちゃんは、そんな他愛ない会話でも楽しそうに応えてくれるから。時間はすぐに過ぎていってしまう。
「あ〜……もう、こんな時間だね。ごめんね〜、なんか、つき合わせちゃってさ〜」
すっかり望美ちゃんの隣に座り込んで話し込んでいたのを立ち上がって、頭をかく。ほんと、ついつい調子に乗っちゃって随分と望美ちゃんに付き合せてしまって、呆れられてるんじゃないかなあ。でも、望美ちゃんは
「全然! すごく楽しかったです。もう、そんな時間なんですか?」
って言ってくれて。その笑顔がとても眩しくて、オレは顔が熱くなってしまう。こんな瞬間に、オレは彼女を好きなんだって思い知らされてしまう。でもやっぱり、気の利いた言葉なんて出てきやしないんだ。手に変な汗かいて立ち尽くしているオレに、望美ちゃんは言う。
「……景時さんと一緒だと時間がすぐに経っちゃうの、残念だなあ。
 もっと景時さんといたいのに」

それからいくらか時は過ぎて。相変わらず、オレは望美ちゃんの前で少しもカッコイイこともシャレたことも言えた例がない。
「景時さん、今日もいいお天気〜!」
「うわっ、望美ちゃん!」
でも彼女は、そんなオレとの会話が大好きだと今も言ってくれる。時々はオレもすごく頑張って、オレの気持ちを彼女に言葉で伝えようと試みるけれど、やっぱりどうしたって『カッコイイ』には程遠い。
「だって、景時さんの背中って大きくって抱きつきたくなっちゃうんですもん」
「……〜〜〜〜」
むしろ望美ちゃんの方がオレに向かってたくさんすごく勿体無い言葉をくれる。いつだってオレは本当にそれってオレに向かって言われている言葉なんだろうかって半信半疑になりつつも嬉しくって、やっぱり手に汗かいてしまうんだ。でも、今は少しだけ以前とは違う。それは、手に汗かきながらも、彼女のことを抱きしめ返すことができること。
「……オレも、望美ちゃんって柔らかくて抱きしめたくなっちゃうな」
恥ずかしいから、顔が見られないようにぎゅっとぎゅっと抱きしめて、そんな風に言ってみる。髪の間から少しだけ覗く望美ちゃんの可愛い耳が赤く染まっているのが見えた。ぎゅっとぎゅっと望美ちゃんがオレを強く抱きしめ返してくれて。カッコイイこと言えなくても、シャレたことが言えなくても、他愛ない会話を楽しみあえる、そんな二人でいたいよね、って思ったんだ。
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