■ こたつの誘惑 ■
年の瀬も押し迫り、町の中は新年を迎える浮き立った雰囲気に満ち溢れている。クリスマスとはまた違った雰囲気は、少しだけ慌しさも含んでいて、町を行きかう人々の動きも急ぎ足だ。
新年を前にした町の喧騒は、景時にも覚えがある。町の様子や新年を迎える作法・様式は違うけれど、祝う気持ちは同じなのかなと少し懐かしい。一人暮らしになった景時にとっては、新年を迎える準備といってもさしてすることがないように思う。それは面倒なことがないから楽だとも言えるし、寂しいとも言える。
（考えてみたら、オレってやっぱり朔や母上や、邸の者に助けられていたんだね。一人じゃ何やっても楽しくないもんね〜）
それでもさすがに注連縄くらいは玄関に飾る方がいいのかな、となんとなく考える。こたつの中でそんなことを考えている景時の耳に、インターホンがなる音が聞こえた。
「はーい」
景時の部屋にやってくるのは、望美か有川兄弟か、そうでなければ集金か配達か。望美や有川兄弟も家のことで忙しいだろうから今月分の新聞代の集金だろうか、などと思いつつ玄関へ向かう。こたつから出た足に空気が冷たい。チェーンをかけたまま玄関を開け、相手の確認をした景時は、立っているのが望美だとわかった途端、慌てて戸を閉めてチェーンを外した。あまりに慌ててチェーンを上手く外せずにガタガタと大きな音をたてる。やっとのことで玄関を開けると、少しはにかんだ笑顔の望美が立っていた。コートに手袋、マフラーをしてはいるけれど、髪から覗いた耳が赤くなっていて寒そうに見える。
「の、望美ちゃん、どうしたの？ 寒かったでしょ、とにかく入って、入って」
抱えるようにして部屋の中へ入れる。望美はコートを脱いできょろきょろと景時の部屋を見渡した。
「やっぱり、何もしてないー」
特にいつもと変わった様子のない景時の部屋のことを言っているようだった。
「一人だからお正月の準備何もしてないんじゃないかって思って買い出しとかのお手伝いに来ました」
そう言った望美ではあるが、かといって寒い中やってきてすぐにまた外に出るのはやはり気が進まないらしく、景時が抜け出たときの型がついてしまっているこたつにもぐりこんだ。
「とりあえず、ちょっと温まりつつ、お買い物リスト作りましょう！ ね？」
そしてこたつをとんとんと叩いて、景時にも入るようにと促す。その手はすぐにこたつの上のミカンに伸びる。その様子が無邪気に可愛らしくて、また、自分を心配してやってきてくれたことが嬉しくて、景時は笑いながら望美と同じくこたつに入った。
さっきまで味気なかった部屋の中が、途端に春のように華やいで感じるのが我ながら現金なものだと景時は思った。
みかんをむき終わった望美は、景時に房を差し出す。
「はい、あーんして」
いきなりのことに、言われるままに口をあけると、甘いミカンを放り込まれる。望美は自分もミカンを口に入れると景時の顔を見上げてにっこりと笑った。こたつの中で足をぱたぱたさせているのがわかり、コタツ布団がふわふわと揺れる。もぐもぐと口を動かしていた望美が、また景時を見上げる。またミカンを放り込まれるかと口を開けかけたとき
「景時さん、メモとボールペン！」
と言われてコタツから半分身体を出し、腕を伸ばして電話台からメモとペンを取る。望美はえーと、と言いながら何か考える風に、また足をぱたぱたさせる。それから
「えっとね、注連縄はやっぱり欲しいよね。それから、小さいのでいいから、お飾り。
お節は大晦日でいっかー。でも、年越しそばは今のうちに買っておかないと売り切れちゃうかも」
書いて書いて、というように、メモをとんとんと指差す。望美にしてみれば、こちらの新年に馴染みのない景時に教えるつもりもあるのかもしれない。その様子に景時はうんうん、と頷いてメモを取りながら、何年か後に望美と家族になったときにも、きっとこんな風なやり取りが繰り広げられるのだろうと想像して、思わず頬が緩む。そんな様子に気がついているのかいないのか、望美は時々また景時にミカンを差し出しながら、考え考え買い物するものを告げる。
「んーと、あ、あとね、お正月に見たいビデオなんかは、今のうちに借りておくのがいい！ 全部レンタル中になっちゃうもの」
望美はそんな風にこれまで新年を過ごしてきたのかな、と想像して笑みが浮かぶ。ミカンがいくつか皮だけになったころ、買い物メモも完成したようだった。
「じゃあ、このメモ持ってお買い物に行きましょう」
元気よく望美は言うが、その割にこたつから出る様子がない。景時もそんな望美の様子に首をかしげて望美を覗き込む。からかうような景時の様子に、望美は少し唇を尖らせて、こたつの中の足を動かし、景時の足をつついた。
「お買い物は行きますよ！ ……もうちょっとしたら」
その様子が可笑しくて景時はつい笑ってしまう。途端に望美の足がさっきよりも強く景時の足をつついた。
「こたつから出たくなくなっちゃうでしょ。オレもそうなんだよね〜」
こたつ机につっぷして、景時は笑いながら望美を見上げた。望美も同じくことん、と頭を伏せる。近く顔を寄せ合ってお互い見つめあい、なんだか照れたように笑いあった。もしかしたら、望美の方も景時と同じように、何年か先の二人の暮らしを想像していたのかもしれない。
「もうちょっとしたら、お買い物に行きましょうね」
望美が繰り返す。
「うん、行こう。もうちょっとしたらね」
そのもうちょっとがどれくらい後のことなのか二人してわかっていないけれど。でもこたつの誘惑を振り切ることも、二人なら出来そうな気がする。こたつで二人、ぬくぬくするのも素敵な時間ではあるけれど。
「寒いから手を繋いで歩こうね」
そう言って、こたつの中で望美の手を握る。
「今日の夕食のおかずも買いましょうね」
何が食べたいですか、と望美が微笑む。
買い物メモはもう少し品物が増えそうだ。二人の『もうちょっと』な時間は、まだ終わりそうもない。
新年を前にした町の喧騒は、景時にも覚えがある。町の様子や新年を迎える作法・様式は違うけれど、祝う気持ちは同じなのかなと少し懐かしい。一人暮らしになった景時にとっては、新年を迎える準備といってもさしてすることがないように思う。それは面倒なことがないから楽だとも言えるし、寂しいとも言える。
（考えてみたら、オレってやっぱり朔や母上や、邸の者に助けられていたんだね。一人じゃ何やっても楽しくないもんね〜）
それでもさすがに注連縄くらいは玄関に飾る方がいいのかな、となんとなく考える。こたつの中でそんなことを考えている景時の耳に、インターホンがなる音が聞こえた。
「はーい」
景時の部屋にやってくるのは、望美か有川兄弟か、そうでなければ集金か配達か。望美や有川兄弟も家のことで忙しいだろうから今月分の新聞代の集金だろうか、などと思いつつ玄関へ向かう。こたつから出た足に空気が冷たい。チェーンをかけたまま玄関を開け、相手の確認をした景時は、立っているのが望美だとわかった途端、慌てて戸を閉めてチェーンを外した。あまりに慌ててチェーンを上手く外せずにガタガタと大きな音をたてる。やっとのことで玄関を開けると、少しはにかんだ笑顔の望美が立っていた。コートに手袋、マフラーをしてはいるけれど、髪から覗いた耳が赤くなっていて寒そうに見える。
「の、望美ちゃん、どうしたの？ 寒かったでしょ、とにかく入って、入って」
抱えるようにして部屋の中へ入れる。望美はコートを脱いできょろきょろと景時の部屋を見渡した。
「やっぱり、何もしてないー」
特にいつもと変わった様子のない景時の部屋のことを言っているようだった。
「一人だからお正月の準備何もしてないんじゃないかって思って買い出しとかのお手伝いに来ました」
そう言った望美ではあるが、かといって寒い中やってきてすぐにまた外に出るのはやはり気が進まないらしく、景時が抜け出たときの型がついてしまっているこたつにもぐりこんだ。
「とりあえず、ちょっと温まりつつ、お買い物リスト作りましょう！ ね？」
そしてこたつをとんとんと叩いて、景時にも入るようにと促す。その手はすぐにこたつの上のミカンに伸びる。その様子が無邪気に可愛らしくて、また、自分を心配してやってきてくれたことが嬉しくて、景時は笑いながら望美と同じくこたつに入った。
さっきまで味気なかった部屋の中が、途端に春のように華やいで感じるのが我ながら現金なものだと景時は思った。
みかんをむき終わった望美は、景時に房を差し出す。
「はい、あーんして」
いきなりのことに、言われるままに口をあけると、甘いミカンを放り込まれる。望美は自分もミカンを口に入れると景時の顔を見上げてにっこりと笑った。こたつの中で足をぱたぱたさせているのがわかり、コタツ布団がふわふわと揺れる。もぐもぐと口を動かしていた望美が、また景時を見上げる。またミカンを放り込まれるかと口を開けかけたとき
「景時さん、メモとボールペン！」
と言われてコタツから半分身体を出し、腕を伸ばして電話台からメモとペンを取る。望美はえーと、と言いながら何か考える風に、また足をぱたぱたさせる。それから
「えっとね、注連縄はやっぱり欲しいよね。それから、小さいのでいいから、お飾り。
お節は大晦日でいっかー。でも、年越しそばは今のうちに買っておかないと売り切れちゃうかも」
書いて書いて、というように、メモをとんとんと指差す。望美にしてみれば、こちらの新年に馴染みのない景時に教えるつもりもあるのかもしれない。その様子に景時はうんうん、と頷いてメモを取りながら、何年か後に望美と家族になったときにも、きっとこんな風なやり取りが繰り広げられるのだろうと想像して、思わず頬が緩む。そんな様子に気がついているのかいないのか、望美は時々また景時にミカンを差し出しながら、考え考え買い物するものを告げる。
「んーと、あ、あとね、お正月に見たいビデオなんかは、今のうちに借りておくのがいい！ 全部レンタル中になっちゃうもの」
望美はそんな風にこれまで新年を過ごしてきたのかな、と想像して笑みが浮かぶ。ミカンがいくつか皮だけになったころ、買い物メモも完成したようだった。
「じゃあ、このメモ持ってお買い物に行きましょう」
元気よく望美は言うが、その割にこたつから出る様子がない。景時もそんな望美の様子に首をかしげて望美を覗き込む。からかうような景時の様子に、望美は少し唇を尖らせて、こたつの中の足を動かし、景時の足をつついた。
「お買い物は行きますよ！ ……もうちょっとしたら」
その様子が可笑しくて景時はつい笑ってしまう。途端に望美の足がさっきよりも強く景時の足をつついた。
「こたつから出たくなくなっちゃうでしょ。オレもそうなんだよね〜」
こたつ机につっぷして、景時は笑いながら望美を見上げた。望美も同じくことん、と頭を伏せる。近く顔を寄せ合ってお互い見つめあい、なんだか照れたように笑いあった。もしかしたら、望美の方も景時と同じように、何年か先の二人の暮らしを想像していたのかもしれない。
「もうちょっとしたら、お買い物に行きましょうね」
望美が繰り返す。
「うん、行こう。もうちょっとしたらね」
そのもうちょっとがどれくらい後のことなのか二人してわかっていないけれど。でもこたつの誘惑を振り切ることも、二人なら出来そうな気がする。こたつで二人、ぬくぬくするのも素敵な時間ではあるけれど。
「寒いから手を繋いで歩こうね」
そう言って、こたつの中で望美の手を握る。
「今日の夕食のおかずも買いましょうね」
何が食べたいですか、と望美が微笑む。
買い物メモはもう少し品物が増えそうだ。二人の『もうちょっと』な時間は、まだ終わりそうもない。