■ ひなたぼっこ ■
「景時さーん、これ、こっちでいいですか?」
望美はリビングに積んであった本を何冊か抱えて、景時の部屋まで持ってきた。本棚の整理をしていた景時が慌てて部屋の中から受取りにやってくる。
「わー、ごめんね、望美ちゃん」
重かったでしょ、と言う景時に望美は笑い出す。
「何言ってるんですか、こんなの軽いものですよ」
本日、梶原家は大掃除の日。望美も手伝いにやってきていた。景時と朔の二人住まいのわりには広い一軒家の梶原邸は、それでも普段から朔によって手入れされているのでそんなに掃除に手がかかるということはない。そんなわけで、高いところやいつもは手入れしないところの掃除、そして景時の趣味のものや、資料が置いてある辺りの掃除がメインとなっている。
「朔、怒ってたでしょー」
ぽりぽりと頬を掻いて景時が決まり悪げに言う。リビングの一角に『景時ゾーン』があって、そこには景時のものが山積みだったのだ。たまの休みの度に朔に『兄上! いい加減、その山を片づけてくださいませ』と言われていたのに、『そのうちね〜』と言うばかりで年末になってしまった。
「やっとすっきりする、って張り切ってましたよ」
本を持ったまま、景時の部屋に入り、本棚の下にそれを下ろして望美は笑った。棚の中の本を全て出して雑巾で拭いていたらしい景時は、湯の入ったバケツの中に雑巾を放り込むと頭を振った。
「……朔には悪いけど、多分、年が明けて半月もしたらまた元通りだと思うなあ〜」
「もう……景時さんったら」
それでも一応、増えてしまった本を本棚に収まる程度に減らそうとは思っているらしく、要る本、要らない本に分けているようではある。あまりはかどってはいないようだが。家事全般について能力の高い景時ではあるが、唯一弱点があるとすると、コレクター気質なところがあるという点であろう。本や部品や、とにかく自分の興味あるものについては、捨てられないのだ。
「景時さん、来年から整理整頓についてもカリスマ指南してみるようにしたらどうですか。
人に教えるようになったら、自分も実行できるようになるかも」
「望美ちゃんまで、そんな意地悪を言う〜」
もともと下がり気味な景時の眉が困ったように更に下がって見えるのに、望美はなんだってこの人はこんなに可愛いんだろう、などと思いながら笑ってしまう。景時は雑巾を絞ると棚を拭き、残すと決めた方の本を並べ始めた。
「図書館が、古い本無料で引き取ってくれますよ。2階が古本屋さんになってるの」
処分されることになった本のタイトルを見ながら望美が言う。それはいいね、と景時が言うのに、気付いたように望美が付け加える。
「夕方、一緒に持って行きましょうね」
「え? 図書館ならオレ知ってるから一人で行けるよ」
「景時さん一人で行かせたら、同じだけ古本を買ってきそうですもん」
その言葉に、景時は反論できずにバツの悪い顔になる。確かにそうかもしれない。
「テレビのお仕事でいろいろ必要になるのもわかるんですけど、今日はちょっと我慢してくださいね」
ついつい、苛めてしまったような気になって望美もフォローのつもりの言葉を続けると、景時が笑った。
「いやいやいやいや、仕事で使うのなんてほとんどなくってオレの趣味のものばかりだからさ
朔が怒るのも良くわかるんだよね〜」
今日のところは捨てるだけで我慢するよ、と笑って言う。それから、しみじみした様子で景時が呟いた。
「……モノが増えるのって、あっというまだね。
オレなんてまだこの世界で、本当に根付いているんだかどうだかわからないのにさ……
あー……わからないから、自分のモノを増やして落ち着こうなんて思っちゃうのかな?」
多分、意識もしていない独り言なのであろうその言葉を聞いた望美は、聞こえない振りをして景時に飛びつき
「もうひと頑張りしてくださいね! 朔のお手伝い終わったらこっちに応援に来ますから!」
と言って頬に口づけてから、ぱたぱたと部屋を出て行った。思わず頬を押さえた景時はその背中を見送り、それから俄然張り切りだす。この世界に自分を根付かせる、一番大きな存在が望美であるということは、あまりに当たり前すぎて景時は気付いていないのかもしれなかった。
それからまた1時間ほどして、望美はお盆にお茶とお菓子を乗せて景時の部屋へやってきた。
「景時さん、休憩〜……って、もう!」
本棚は埋まったものの、床にはまだ本が積んだままで景時が既に休憩の体で置いてある本を読んでいたので、望美はつい頬を膨らませて声を上げてしまった。景時はというと、堪えた風もなく、望美を手招きする。
「まあまあ、休憩なんでしょ? ここ、窓からの日当たりが良くて暖かいんだよ」
今日は冬だというのに雲もなくお天気で。外に出れば確かに空気は冷たいけれど、窓越しの日差しは温かかった。ぽんぽん、と景時の隣の場所を示されて、望美は唇を尖らせたままそこへ腰を降ろした。……確かに、温かい。
「オレの部屋のここと、下の座敷の横の廊下がひなたぼっこにいいんだよね」
教えておいてあげるから、望美ちゃんも覚えておくといいよ、と付け加えられる。
「もう〜、ひなたぼっこばかりしてたら片づきませんよ」
膨れっ面になった望美ではあるが、根本的に景時には弱いのでそれ以上強くは言えない。
「あとはここの本を縛ってまとめたら、掃除機かけておしまいだから」
ね? と片目を瞑ってごめんね、と言われたらもう、赤くなって俯くしかできないのだった。
「明日は望美ちゃんのおうちの大掃除、お手伝いに行くからね」
「景時さん、背が高いからお母さん歓迎すると思うな。
蛍光灯代えたり、電灯の笠を拭いたりさせられると思いますよ」
「明日は張り切っちゃうから、大丈夫」
今日みたいにのんびりはやらないよ、という景時に望美はつい笑ってしまう。
「お母さん、カリスマ主夫な景時さんなら大掃除の裏技も知ってるだろうって期待してるから
ガンバってね」
「え〜? ほんと? うーん、何か用意しといた方がいいかなあ」
もぐもぐとお菓子を頬張る景時の顔が、発明を考える表情に変わる。それがやっぱり望美には可笑しかった。
「景時さん、景時さん、今からじゃ何も作れないんじゃないですか。
それに、せっかく整頓したのにまた部品とか散らばっちゃったら大変ですよ。
脅しちゃったけど、うちの母さん、景時さんに会えるのが一番楽しみなんだから、大丈夫ですって」
その言葉で景時がこちらの世界へ戻ってくる。好きな発明に没頭している顔も大好きではあるのだけれど。
「うん、うん。とにかく体力と上背はあるからね、力仕事と高いところは任せてもらおうかな」
自分に言い聞かせるようにそう言い、お茶をぐい、と飲み干した景時は立ち上がって大きく伸びをした。
「よしっと、じゃあ、ここもちゃっちゃと本縛って、掃除機かけちゃうか〜!」
「あ、じゃあ、私、これ持っていってついでに掃除機取ってきます」
空いた湯呑みの乗った盆を手にして望美も立ち上がる。部屋を出ていきがけに望美は景時を振り向いて言った。
「あ、あのね、景時さん。私の家は、私の部屋と、テラスと、奥の廊下がひなたぼっこにいいんです。
教えておきますね?」
ぱたぱたと出ていった望美を見送りつつ、さて、それは明日、望美の部屋でひなたぼっこができるということか、それとも、そこでサボっていては駄目ですよ、ということか、少しばかり景時は考えてしまうのだった。