『セックス』10の御題
お題配布元:39℃より
君の熱 水音 声を聞かせて 甘い囁き 優しいキス
爪痕 一つになれたら 抱擁 真っ白な世界 溶けていく
 
爪痕 「景時! 久しぶりだな、どうだ、家の方は」望美と婚儀を挙げ、しばしその後休みを取っていた景時が久しぶりに六波羅に姿を現したのだ。九郎は盟友の背を親しみを込めて叩いた。ところが、途端に景時がその場にしゃがみ込む。
 そんなに強く叩いたつもりはないが、と九郎が景時の隣にかがみ込むと「あ〜、いや、九郎のせいじゃないんだよ、それに大丈夫、ちょっとひりひりするだけだから」と意味深な返答。そこへ弁慶が通りかかり、一人で何やら察した様子で微笑んだ。「景時、なんなら後で良い軟膏をお渡ししますよ。望美さんに塗っていただいてはどうですか」「あっ、いや、嬉しいけど」彼女が気にするといけないから、と弁慶、後で塗ってくれる? と景時が頭をかく。さっぱり意味がわかっていなかった九郎が全てに気付くのは、弁慶に軟膏を塗ってもらうために景時が見せた背中についた、望美の爪痕を見てからだった。
 
一つになれたら  自分がこんなに欲張りだとは思ってもいなかった、と望美は思う。例えば、最初は見ているだけでも良かった。その笑顔を見ていると、嬉しくてふわふわした気持ちになれて、ただそれだけで満足していた。生きて幸せでいて欲しいと思うようになって、それから、ずっと傍にいたいと思うようになって。だんだん、望むことが増えていったように思う。
 初めて唇に触れられたときは、それだけでもういっぱいいっぱいになって、きっともうこれ以上なんて無理、と思ったりもしたのに。今はもっと、と思う。もっと知りたい、心も身体も、全てを知りたい。深く一つに混ざり合いたい。失う辛さを知ってから、なおさらに貪欲になったような気がする。「景時さんと、全部一つになってしまえたらいいのに」そう囁くと「望美ちゃんとオレと一つにまざってしまったら、オレ、もうこんな風に望美ちゃんを可愛がれない?」と返されて。二人のままもいいかも、と思い直した。
 
抱擁  景時の膝の上、そして腕の中、それが望美の定位置。仕事から戻った景時が円座に座って、望美を手招きして。そうやって定位置に収まって抱きしめられたとき、ほっと息を吐いて肩の力が抜けて、それで初めて自分は少し疲れているようだ、と望美は気付いた。
「今日の望美ちゃんはちょっとお疲れみたいだね」そんな風に言い当てられて、望美は少し驚く。「景時さんって、私よりもずっと私のことをわかってるみたい」もたれかかって甘えて言ってみると、「望美ちゃんだって、オレよりもオレのこと良く知ってると思うな」と答えられる。そう言われれば、彼が元気ないときは理由はないけれど、何か違うな、と感じる。望美はそっと自分も腕を伸ばして景時を抱擁した。相手の体温や身体の緊張や、呼吸や鼓動。きっとそういうものを抱きしめることで感じ取ることができるのだろう。そう思うと、抱きしめあうという行為の優しさに胸がいっぱいになった。
 
真っ白な世界  脳裏を灼くような快感が身体を貫いて、意識が真っ白になる。その瞬間、何もない空間へ放り出されたような感覚に陥る。幸福感に満たされて、ただ、漂う。意識を取り戻すと、景時の腕の中にいて、あの温かくて幸せな場所は、彼の腕の中だったのだと望美は感じる。そして、自分が生まれ変わったような気がしさえする。
 真っ白に身体を灼かれて、本当はあのまま焼き尽くされて、そしてまた自分は新しく生まれ直しているのではないかと思う。それほどに、生死の境を越えた場所のように遠いところに、心が飛ばされていってしまうような気がするのだ。
 まだ、どこか茫洋とした様子の望美にむかって、「大丈夫?」と景時が心配げに覗き込んでくる。それを見つめ返して望美はこくり、と頷くと愛おしげに身体をすり寄せた。
 ――何度も何度も、あなたの手で私を生まれ変わらせて。
 
溶けていく  忘我の境地というのは、もっと煩悩とはかけ離れたものであるべきだと思うが、望美に溺れている間、景時はまさしく自分は我を忘れているように感じる。ただただ、目の前の彼女にのめり込み、五感の全てでもって彼女を感じたくて、そして、彼女にも同様に自分を感じてほしいと願って。
 触れあうほどに、やがて夢と現と、彼女と自分との境界線が曖昧になってくるかのように感じられ、彼女に包まれた身体が溶けていくような感覚に襲われる。一瞬にも永劫にも思えるあのとき、本当に自分と彼女は溶け合っているのではないかと思う。そして激情が去り、境界がはっきりして、自分と彼女は別のものに再び分かたれるのだ。元はひとつのものだったと互いの繋がりを確かめあうような瞬間。それは確かに幸福なひとときで、何度も確かめ直し、繋がって、溶け合って、分かち合う繰り返し。後は二人で眠りに溶けていくだけで、それも幸せな道行きだった。



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