前略、あなたに10の手紙を送ります
■あなたに初めて手紙を書こうと思います■
『景時さん 鎌倉は今、どんな状況ですか』
書きかけた手紙の最初の一文を、望美はしばらく眺めていたが溜息をひとつついて紙をくしゃりと丸めた。墨が広がった紙を見て、いけない、と呟くとまた広げる。元居た世界と違って、こちらの世界での紙は貴重品だ。書き損じた紙も練習に何度も使ったり、下貼りに使ったり、けしてむやみに捨てたりはしないものだ。皺を伸ばすように広げた後、望美は筆を置いて文机に肘をついて考え込んだ。平泉の町は豊かだ。京から遠く離れていると思えないほどに物も豊かにある。質素で質実な雰囲気が溢れていた鎌倉の町とは何処か違うと感じる。もう長く留まって慣れてはきたけれど、やはりこの町では自分は客人なのだな、とふと感じる。鎌倉の町は、元の世界での自分の故郷だったからどこか落ち着いた気がしたし、京は元の世界でも行ったことのないところだったけれど不思議と居心地が良かった。
(……それは、やっぱり景時さんが居たから、なのかな)
平泉の町での暮らしは豊かではあったし、守られていたけれど、いつも心の何処かが落ち着かず、不安だった。今も、そう。傍にいない人がずっと気にかかっているから。足りない、足りない、と心が訴えかけてくる。
(やっぱり、一緒に鎌倉に行けば良かった、な)
絶対に景時は承知してくれなかっただろうけれど、それでも無理矢理にでもくっついて行けば良かった。離れたところで何も出来ずにただ考え込んでいるよりも、傍にいて一緒に危険を乗り越えたい。……そんな立派な心がけではなくて、ただ単に傍にいたい、触れたい、触れて欲しい、それだけのことかもしれないけれど。
(……でも、信じるって決めたんだものね、景時さんを。
 景時さんなら、きっとなんとかして戻ってくる。だって景時さんは私の魔法使いなんだから)
戦いを終えて、今思うことは、『信じること』の大切さと難しさ。信じると決めたら何があっても揺るがない強さが欲しいと思う。景時は、きっと望美を、仲間たちを、信じていたのだろう。だから彼は孤独な戦いに身を投じることができたのだと思う。だから自分も彼を信じる、彼の強さと誠実さを信じる、そう心に何度も繰り返すのだけれど、思慕は募るばかりだ。
寂しいとか、早く帰ってきて欲しいとか。言いたいことは沢山あるけれど。
望美は顔を上げて部屋の中から外を眺めた。今日は天気も良く日差しも温んできた。平泉にも遅い春がもう少ししたらやってくるだろう。鎌倉ではもう春が来ているだろうか、景時の好きな梅は咲いただろうか。初めて彼に送る文だから、寂しい気持ちや悲しいことは書かずに、楽しいことや彼が読んでほっとするようなことを綴りたい。
「よしっ!」
望美はもう一度筆を執ると、また料紙に向かった。
『景時さん、元気ですか。今日は平泉も少し日差しが温かいです――』。
お題部屋  next home
template : A Moveable Feast