前略、あなたに10の手紙を送ります
■逢いたいと思うのは我が儘だとわかっています■
 いつも鎌倉から届く文は、九郎たち仲間あてのものと、望美あてのものと2通が一緒に届けられていた。なので、その日届いた文が一通しかなかったとき、望美は嫌な予感がしたのだ。九郎と弁慶の二人に宛てて書かれたその文は、間違いもなく景時からのものだったけれど、九郎だけではなく弁慶の名が表にしたためられていたことに、更に予感は深まった。何か、軍師に語らねばならぬことが、できたのだ、と。
 落ち着かぬ表情で二人が文を読み進むのを待っていた望美は、顔を上げた弁慶と九郎が互いに頷き合い、自分をじっと見つめるのに訝しげに首をかしげた。九郎が言いにくそうに口ごもるのを見やって、弁慶が代わりに口を開く。
「なるべく早い日に、望美さんと譲くん、将臣殿に、元の世界へ戻っていただきます」
その言葉に望美は目を見開く。
「……え?」
「景時からの依頼です」
淡々と弁慶が言葉を続ける。望美にはそれが理解できなかった。景時からの依頼? なぜ、と。
「白龍、そういうことなのですが、大丈夫ですか」
「うん……それは大丈夫だよ、五行の力は大分満ちてきたから」
そう言いながらも、白龍は混乱した様子の望美を心配げに見つめている。自分の意志に係わりないところで、話が進められているのに望美は、はっと気を取り直し弁慶へ向かう。
「弁慶さん! どういうことですか、私、何も聞いていません! そんなこと、承知できません!」
「景時のおかげです。鎌倉と平泉で和議を行うんです。
 できれば何事もなく終わらせたい。そのためには白龍の神子が居てもらっては困るのです。
 鎌倉にいらぬ疑いをもたれる要素は少ない方がいい」
ぐっと望美は息を飲んだ。
「そんな言い方はないだろう! 先輩がいったいこれまで鎌倉や平泉のためにどれだけのことをしてきたと思っているんだ!
 用が済めば邪魔だとばかりに帰れっていうのか!!」
譲が殴りかからんばかりに激昂して弁慶に向かおうとするのを、将臣が抑える。
「……言い方は悪いが、理由はわかるぜ。
 ま、わかるってことと、納得するってことは全く別だが。……で、望美、おまえ、どうするよ」
そう問われて望美は口ごもる。
「わたし……私、は……」
景時を待っていたい。彼が帰ってくるのを待っていたい。けれど、その彼が望美に元の世界へ戻って欲しいと言っているという。彼が為そうとしていることに、望美の存在は障害になるのだという。ただ、一言、景時自身がそうと望美に言ってくれたなら。その姿を今一度見せて、そして自分に言ってくれたなら、と望美は両手を握りしめてうつむいた。
「……景時から、望美さん宛てです、すぐには決められないかもしれませんが……
 なるべく早く、答えを出してください」
淡々とそう言うと弁慶は望美に中から出てきた書状を渡す。ことさらに何でもないように言う弁慶も、自身の感情は抑えているのだろう。わかるけれど、納得はできない、そんなことは弁慶や九郎だって百も承知で、けれど、わかってしまったら彼らは自分が納得できようができまいが、そうするというだけのことなのだ。
望美は少し震える手で文を受け取ると、その場を離れて自室へと向かった。

おそるおそる、景時からの文を開ける。何が書かれているのか、とても不安だった。けれど、そんな望美の不安をぬぐうように、景時からの文はいつもと変わらぬ優しさにあふれていた。
『望美ちゃん、突然のお願いでごめんね。きっと、すごく驚いたんじゃないかな、って思う』

――望美ちゃんは、本来ならこの世界とは何の関わりもないっていうのに、神子に選ばれたというだけで、戦に巻き込んでしまったよね。源氏と平家の戦いも、鎌倉と平泉の戦いも、本当ならきっと、君たちを巻き込んではいけなかったんだと思う。怨霊を呼び覚ましたのがこの世界の人間なら、その落とし前もきっとこの世界の人間がつけるべきだったし、戦を始めたのがこの世界の人間なら、それを終わらせるのもこの世界の人間であるべきなんだ。
――そんなことは、源氏の軍奉行として、君たちを一番に戦に巻き込んだオレが言うことじゃないけれど、でも今になって本当に、そう思う。やっと鎌倉側を説き伏せて平泉と和議を行うことになりそうだけれど、これ以上、望美ちゃんたちをこちらの世界のことに巻き込んではいけないと思うんだ。

そんなこと、今更だ、と望美は思う。そして、最初は巻き込まれたからだったかもしれないけれど、と心の中で景時に向かって言う。でも、後は自ら望んでやってきたのだ、と。この世界のためとか、そんな立派な理由ではないけれど、けれど自分は自ら望んでこの世界の戦に乗り込んだのだ。だから、落とし前を付けるなら、自分だって付けたいのだ。

――オレは嘘つきだけれど、もう望美ちゃんには嘘をつきたくない。だから言うね。望美ちゃんたちが、平泉にとどまっていることは、望美ちゃんたち自身にとっても、鎌倉にとっても、平泉にとっても、危険なんだ。白龍の神子の力を源氏の者たちは良く知っている。利用しようとする動きがないとも言えないし、逆に、その力を今抱えている平泉を疑心暗鬼に思っている者もいる。利用するだけ利用して、本当に勝手な言い分なんだと思うけれど、鎌倉と平泉が和議を結ぶためには、白龍の神子は月へ帰っていなくてはならないんだ。

景時がそうして欲しいと思うなら、望美はそれに従おうと思った。けれど、それでも本当に欲しいのは……わがままだとわかっているけれど、景時に会いたい、会ってその口からそうと言って欲しい。
思わずぽろぽろとこぼれる涙に文を持つ手が揺れて、文が手元から落ちる。それに併せて、文の中にあった何かが床に落ちた。瞬間

「望美ちゃん」

景時の声が聞こえて驚いて望美は顔を上げる。そこに、景時の姿があった。困ったような照れたような表情で立っている。少し疲れが見えるような気がして思わず手を伸ばすが、景時に触れることはできなかった。幻なのだ。

「望美ちゃん、ごめんね。また、心配かけちゃいそうだけど。
 でもね、望美ちゃんとの約束は、忘れていないよ。必ず、君の元へ帰るって。
 ちゃんと全てを終わらせて、必ず君のところへ帰るから。
 オレが帰るところは君の元だって教えてくれたのは望美ちゃんだよ。
 だから、待っていてくれる? 待たせてばっかりで呆れられちゃいそうだけど、さ」

そう言った景時が照れくさそうに笑った。その笑顔に、届くはずもないのに望美は何度も頷いた。
「待ってます……私、ちゃんと待っていますから!」
その声を聞いたかのように、ゆらりと景時の姿が薄れて消えた。残ったのは床に落ちた紙の人形。会いたいと願う望美の気持ちをきっと景時は察してくれたのだ。望美はぎゅっと胸元の、今はお守り代わりとさえなってしまった逆鱗を握りしめる。
景時を信じよう。彼を信じることが出来なくて、ずっと彼1人で孤独な戦いをさせていた。だから今度は彼を信じて待ってみよう。
そうと伝えるために望美は立ち上がった。
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