前略、あなたに10の手紙を送ります
■同封した物は見て頂けたでしょうか■
ぱたぱたと縁を駆けてきた望美は部屋の戸を勢い良く開けて中へ飛び込むと、即座に戸を閉めた。胸に握りしめたのは一通の文。屋敷の入り口で受け取ってここまで駆けてくるだけで、息が上がり胸がどきどきする。
平泉へ届いた景時からの文は二通あった。一通は皆にあてて。そしてもう一通が望美が今、手にしているもので。ゆっくり確かめるように手にとった文を見つめると『梅花の君へ』と表に流麗な字で書いてあった。春日望美と名前を書くのは鎌倉の手前、憚ったのだろう。望美が景時に送った梅花の香袋のことを思い出して望美はぎゅっと胸が切なくなった。ずっとずっと、拠り所のようにそれを景時は大切に持っていてくれたと、鎌倉へ戻る前に教えてもらったのだ。新しい香袋を作ってあげたいと思うのに、景時がいなくては梅花の香りを作ることが望美には出来ない。違う誰かに教えてもらって、とも思うけれど、なんとなくそうしたくなかった。
そっと文を開けると、ひらりと零れたものがある。しゃがんで拾うとそれは、紅梅の花だった。押し花のようになっていたけれどそれは確かに梅の花で。きっと鎌倉の梶原邸の庭に咲いた花なのだろう。望美は大切そうにそれを拾い上げ、そっと懐紙に挟んで文机に置いた。
文を広げるとそこには景時の文字が書かれていて。なかなか読み解けない望美ではあったけれど、誰かに読んでもらうのではなく、どうにか自分で彼の手紙を読みたくて一生懸命に文字を追った。
読めないであろう望美に配慮したのか、景時の文は一文字ずつ丁寧に書かれていて、望美はそれをなんとか読むことができた。
『鎌倉は、梅の花が咲きました。二人一緒に、京で梅の花を見たことを思い出したよ。いつかもう一度、一緒に梅の花を見たい。いや、いつか、じゃないね、来年はまた一緒に、梅の花を見よう』
せめての印にだろう、景時が入れてくれた梅の花を望美は懐紙を開いてもう一度見つめた。来年は、一緒に。そう景時が思ってくれていることがとても嬉しい。平泉の梅はまだ蕾。もう少ししたら咲くだろう。次の手紙には平泉の梅の花を入れて送ろう。
今、状況はどうなのか、一人鎌倉で手を尽くしているだろう景時は、そのことは望美あての文には何も書かなかった。きっと、望美がしたためた文と同じ……楽しいこと、嬉しいこと、それだけで文を満たしたいと思ってくれたのだろう。望美の文を読んで感じてくれただろうか、一人ではないということ。いつも心は寄り添っているということ。今、景時の文を読んで望美が感じているのと同じ気持ちを。
 しばらくの間、思いに浸るように梅花を見つめていた望美は、やがて気を取り直したようにひとつ息をついた。そして、
「朔にも見せてあげよう」
と呟くと、梅花をもう一度そっと懐紙に包み、それを手に部屋を出た。
お題部屋  back next home
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