前略、あなたに10の手紙を送ります
■あなたみたいだと思ったのです■
遅々として進まぬ事柄に取り組むことにも、景時の美徳の一つである「我慢強さ」は十分発揮されているようであった。今日も疲れた身体を引きずりつつ、屋敷に戻って門をくぐる。
「ただいま〜っと」
誰がいようといまいと、癖のように口をついて出る言葉。『おかえりなさいっ!』と鈴が鳴るような声で答えてくれる人は、もう随分と長く傍にいない。ところが今日は。
「景時さま、お帰りなさいませ」
「ってうわっ」
屋敷に仕えている郎党が珍しく待ちかまえており、景時は驚いた。しかし、その手にあるものを見て胸が弾む。
「平泉より書状にございます」
景時が帰ると共に確実に手渡さねばと待っていたのだろう。その心を有難く思いつつ、期待に緩む頬に気付かれぬように景時は書状を受け取った。そのまま、夕餉にも手をつけずに自室に入って書状を広げる。たどたどしい筆跡は間違いなく望美のものだ。そう思うだけで、何故か涙がこぼれそうになった。先の書状からどれほどの時が経ったか、往復の日を考えれば長いとは言えないだろうに、こんなにも自分は彼女に飢えている。他愛もない日常を綴った筆から、彼女の姿が目に浮かぶようで景時は知らず微笑みを口元に浮かべていた。読み進めると、文字ではないものが筆で描かれていた。平泉に咲いた花なのだろう、その絵はけして上手とは言えないものではあったけれど、その様を懸命に景時に伝えようとしているのが良くわかった。
『この花が咲くとじきに冬も終わり、春が来ると皆言っています。
 まだ雪の残る中、春を告げるために咲くこの花を、私は景時さんみたいだと思いました』
添えられたその一文を読んで、景時の視界が滲んだ。おや、と不思議に思う間もなく、文に雫が落ちる。せっかくの望美からの文が滲んでしまうと、慌てて手元から離して文机に置いて、袖口で情けない目元を拭って。文の続きが読みたいのに、なかなか目から零れる雫は止まってくれなかった。
――春を告げる花に似ているのは、君の方だよ、望美ちゃん……
いつだって、自分の心を呼び覚ましてくれるのは彼女の言葉なのだから。
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